風が鳴く

 

秋のはじめ

まだ黄緑の

木の葉の上で

いま風が鳴いた

 

 

散歩

 

秋は来ていた

風は変わったし

あちこちで虫が鳴く

りりりりり ちりりり

 

朝顔

 

雨に打たれた後の

朝顔の花は

どうしてだろうか

清らかだ

雨粒を身にまとい

清らかだ

恥ずかしくなる

 

鈍い光

 

重く立ち込めた

灰の雲の切れ間から

妖しい光が洩れている

奥には黄土の月

 

蝉の死期

 

もう啼けないし

飛び回れない

木にしがみつく力もない

平らな道の上で

這いつくばることさえも

もうすぐ忘れてしまいそうだ

 

蝉の声

 

五日ほど前に

この道を通った時にも

蝉は啼いていたが

今日はいつにもまして

強く啼いている

どうしてこんなにも

強く啼くのかと

尋ねたくなるほどの

大きな声だ

今年も八月の暮になる

 

予兆

 

よく晴れた

青い空の

ずっと奥で

たくさんの鳥が

笛を吹いている

何かの合図を

投げているのだ

 

エノコログサ

 

こっちからかぜふけば

そっちへかたむいて

そっちからかぜふけば

こっちへかたむいて

 

 

夜の鳥

 

重く垂れさがった

暗い空の上を

一羽の鳥が

横切って行きました

真っ直ぐ前だけ見つめて

切り裂くようにして

横切っていきました

 

 

森の中にいて

網になった

無数の梢を

仰ぎ見ていたら

光がやってきました

なんともいえない

柔らかな色をしていました

 

非在

 

からだをおおっていたまくが

いやおおっていたのでない

すでにそれはまとわりついていたのだ

そのまとわりついたよぼよぼのまくが

まわりのおとにつねられひっぱられていく

とりのこえやかぜのおとなみのおとむしのこえ

いろんなおとにつねられぴっぱられていく

いろんなおとがかさなりはじめてくる

もうここまでだこれいじょうはむりだ

もうやめてくれこれよりさきはむりだ

そんなことはおかまいないおかまいない

こちらへこいこちらへこい!

 

いつもの道

 

ここに花が咲いていることを

今まで知らなかったのです

いつも通ってきた道でした

花の方からは何一つとして

(こんなに美しいにも関わらず)

こちらを見て下さいなどとは

声をかけてくれなかったから

いやもしかすると

何か合図くらいは

していてくれたのかもしれません

けれどもはや

そんなことはどちらでもよいのです

どちらにせよ

今こうして遇えたのだから

このことに深い謝意を申し上げます

 

退路

 

仄暗い

峠道

ざあざあ

雨が降る

風も強い

登ってきたはずの道は

もう見えない

どこかへ消えた

背後にあるのは崖

引き返す道はない

目を前へやる

未だ暗い

 

 

ひとりで部屋にいて

本を読むのにも飽きたので

部屋の窓を開けた

椅子に戻り

しばらくすれば

いつもは耳に入らない

鳥の啼き声が

遠くの方から聴こえる

 

亡骸

 

吸い尽くされた

亡骸が

転がっている

ざらつきのない

白い部屋に

ああもう

ここには誰もいない

誰もいない!

  

春を待つ日

 

春を待つ日

土の上に立ち

あたりを見回せば

そこかしこ

そこかしこ

生きるうちに

することの

多いのを

深く深く

この心に留めた

 

冬の木

 

もう冬になったので

何も残ってはいない

陽は出ないし

葉も枯れ落ちた

 

日がな一日

冷たい風にさらされ

ときどきは

びちょびちょの

雪を浴びるだけ

 

しかし妙なものだ

だからは知らぬが

話したいことが

沸々と湧いてくる

 

周りの皆よ

存分に

話をしよう

 

 

てさぐり

 

灯りのない

一本道

鋭い雨は

止まない

時に人や車が

行き交うが

ほとんどは

頼りない

このひとりで行く

 

 

舞台

 

人々は

この街で生きる

タバコをふかす

疑い悩む

肉を売る

猫を飼う

夕暮れ時

二人でバイクに乗る

船を漕ぐ

靴を買う

化粧をする

物憂げな顔で

ベンチに座る

路上で暮らす

客を待つ

本を読む

人を待つ

靴を磨く

 

そして

いつかは

去っていく

 

誰もが

この街で

借り住まいをしているだけだ 

 

たしかに

よく見ると

彼らの足は

地面からは

少し浮いている

 

 

落下

 

まったく 

黄色になった

木の葉が

音もなく

目の前を

落ちて行く

 

昼過ぎ

 

雲間からは

陽が

顔を覗かせているが

大粒の雨は

一向に

止む気配がない

空には

虹が架かっている

 

晩秋

 

ここいらで

さっきまで

けたたましく

響いていた

鳥の声が

山の方へと

消えていく

 

 

どこからも入ることが

できないように見えたが

しばらく周りを

うろついていたら

細い坂の道が

一本拓けていた

少し薄暗いし

すぐに左に折れているので

ここから見ているだけでは

どこに繋がるのかは

よくわからない

 

夕暮れ

 

今この列車の

窓に映る景色は

もう二度として

見れはしない

何かがもう

流れていってしまった

それでも歩いていく

 

階段

 

階段を上った先の

ひとつの部屋には

筆と墨、紙、その他

書の制作に関する道具が

床に用意されているので

しばらく作品を

書いてみたのだが

何をどのように書けば

終わるのかが

一向にわからないから

階段を下りて

音のない

カーテンを閉めた部屋の

(そこにはもう誰もいない)

真ん中の椅子に

しばらく座っていたが

壁に掛けた時計の針は

一向に動かないので

再び階段を上がった

もう何べん

この往来を繰り返したのかは

すでに忘れた

 

報せ

 

家を出て

細い路地を抜けると

街路樹が立っている

風は強くはない

いつもと変わらぬ街

しばらく歩いていると

葉擦れの音が

やけに耳に入ってくる

とても大きい

ガサガサ

ザーザー

いっている

これまでには

聞いたことがない音

 

不意

 

樹々の葉を

さらい

今ここを

駆けていった

あの風に

身を投じ

しばらくは

生きていたい

 

 

錠のついた

門の前で

古椅子に腰かけ

来た路をふり返れども

霧中

 

初夏

 

風に揺れている

路肩の草の茂みから

何かが顔を出すのを

じっと待っている

 

被投

 

誰かの手で

どこかから

投げ落とされたのだろう

 

この地球の上で

人間としての

生涯を

全うするなどという

大それたことを

私からは

望んだ覚えなどないのだから

 

 

いつからか

雨が降っている

空に敷かれた

灰色の

分厚い雲

その向こうは見えない

 

春の窓

 

風吹けば

白の花から

百の手伸びる

叩かれた

春の窓

 

生きている

 

ここに立っているわけを

木は問わない

 

日々刻々と

過ぎる時間の中で

精いっぱい

木は木になることだけに

力を注いでいる

 

明方

 

野に敷き詰められた

白の結晶が

じわりじわりと

溶けている

山から昇る陽は 

一面の白に乱反射

朝靄の中へと

光の雨を注ぐ

もうじきだもうじき

もうじき灰色の煙も

まっさらに晴れる

 

 

生れたてのまなこで

草原に立ち

雨降れば

泥濘の道行き

土に足とられても

泥濘の道行き

這うてでも行き

風吹けば

木の葉に尋ね

葉擦れの音に

耳澄ませ

風の行く先尋ね

その跡辿り

見失いては

行き先尋ね

その跡辿り

 

発光

 

木の幹貫いて

つーっと昇る水

土から吸った水

透いた水

 

だが仔細に見てみれば

あれは本当に水だろうか

 

あのうにょうにょの

発光しながら昇っていく

液状の

ちょっと色のついた

あれは本当に水だろうか

 

 

もう流れていってしまった

窓から見えるこの景色が

眼に映ることは二度とない

それでも歩いていく

 

1歳0か月

 

よちよち歩く

おろおろ歩く

道の真ん中を

誇らしげな顔で

一歩ずつ一歩ずつ

踏みしめながら進んで行く

前から人が来ても

道は譲らない

真正面から突っ込む 

頭が重いから

ふらふらする

疲れてくると

尻もちをつく

そんなときは

泣きながら

床で小さくなる

だけれどずっとはしない

しばらくしたら

スッと立ち上がり

また歩き出す

周りには

色んなものが見える

木や空

お店やお菓子

目新しいものばかり

ついつい立ちどまり

見入ってしまう

なかなか前には進めない

たくさんの人がいる

おんなの人が

こちらに手を振っている

手を振り返そうとしたが

やっぱり今はしないでおく

おとこの人が

こちらを見ている

「がんばってね」と言っている

応援されるのは嫌いじゃない

よちよち歩く

おろおろ歩く

道の真ん中を

誇らしげな顔で

一歩ずつ一歩ずつ

踏みしめながら進んで行く

 

 

部屋に集まった人々には

知らぬ間に

糸がつけられた

首、肩、頭、手足など

体のあらゆる関節に何本も

細い透明な糸が

つけられた

 

糸は

天井を突き抜けた

もっと高いところから

垂れてきていた

 

気づけば

人々は糸で操られていた

みんなでじゃれあって

それはあまりに愉快な劇だった

 

二時間が経って

不意に時がはじけた

 

正気に戻った人々は

互いに顔を見合わせた

何が起きたのか

理解が及ばなかった

その時にはもう

糸も見えなくなっていた

 

 

だれか

 

ごつごつした

だれかが

のどのあたりで

かおをのぞかせて

ようすをうかがっている

 

わたしは

かれをみたことはないし

どうやって

そとにだしてよいかもわからない

 

なめらかに

いまわたしのくちを

ついてでることばをもちいていては

かれのなは

とうていよべそうにもない

 

 

白い箱

 

ゆっくり

時間をかけて

造った白い箱

その箱の中に

世界を押しこんだら

すっぽり入ったから

ようやく世界は包まれたのだと

一度はそう思えた

 

箱から見える景色は

悪くはなかった

そこいらにあるものの名が

全てわかったような気がしたのだ

だから見晴らしの良い

その高台にいて

生涯を送ろうなどという

愚にも付かぬ望みなど

抱いてしまったのだ

 

日々

 

樹はいつも何をしているんだろうか

怒ったりするんだろうか

泣いたりするんだろうか

喜んだりするんだろうか

悔しんだりするんだろうか

焦ったりするんだろうか

力んだりするんだろうか

悩んだりするんだろうか

考えたりするんだろうか

笑ったりするんだろうか

樹はいつも何をしているんだろうか

 

 

これまで樹と呼んできた

あなたもそれは樹だと言う

棚に並んだ本を開いても

それは樹だと書かれている

 

けれど どうしたものだろう

今はどうやったって

それを樹と呼ぶことが出来ないでいる

 

そして 厄介なことには

今はこれといって別の名が

思いついているわけでもない

 

 

たしかに

このあたりなのに

 

住んでいた

立派な家が

どこにも見当たらない

 

材木すらも

風がどこかへ

運んでしまった